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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)118号 判決 1982年2月23日

原告 河上藤一

右訴訟代理人弁護士 抜山勇

被告 東京都個人タクシー協同組合

右代表者代表理事 池田幸一

被告 菊池久仁夫

右被告ら訴訟代理人弁護士 宮内重治

同 田坂昭頼

同 三原次郎

主文

一  原告が被告東京都個人タクシー協同組合(以下「被告組合」という。)の組合員たる地位を有することを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の四分の一、被告組合に生じた費用の四分の三及び被告菊池久仁夫(以下「被告菊池」という。)に生じた費用を原告の負担とし、原告及び被告組合に生じたその余の各費用を被告組合の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  主文一項と同旨

二  被告組合及び被告菊池は、原告に対し、連帯して金一〇〇万円を支払え。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  仮執行の宣言

(被告ら)

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は、昭和四五年一月二八日、被告組合の組合員であった元島倍次から同人所有の被告組合の持分を譲り受けた。

二  被告組合の定款一三条には「組合員はあらかじめ組合に通知したうえで、事業年度の終りにおいて脱退することができる。前項の通知は、事業年度の末日の九〇日前までに、その旨を記載した書面でしなければならない。」旨の、五九条には「本組合の事業年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三一日に終るものとする。」旨の規定があり原告が所属していた被告組合の葛飾第二支部(以下「葛飾第二支部」という。)の支部規約一三条には「支部員はあらかじめ支部に対し通知した上で事業年度の終りにおいて脱退することができる。前項の通知は事業年度の末日の九〇日前までにその旨を記載した書面でしなければならない。」旨の、三六条には「本支部の事業年度は毎年三月一日に始まり翌年二月末日に終る。」旨の規定がある。

三  原告は、昭和五二年一二月二〇日、葛飾第二支部に対し、脱退届を提出して被告組合から脱退の意思表示(以下「本件脱退の意思表示」という。)をした。

その後、原告は、被告組合の事業年度内である昭和五三年二月一〇日及び同年三月一七日の二回にわたって、葛飾第二支部の事務長である安藤雅夫に対して本件脱退の意思表示を撤回する旨の書面を提出し、更に同月二九日葛飾第二支部に到達した書面をもって本件脱退の意思表示を撤回する旨の意思表示をした。しかし、葛飾第二支部において、右撤回の意思表示に基づいた手続をしなかったため、被告組合から昭和五三年四月一日以降原告は被告組合を脱退したものとして取扱われている。

仮に、原告の右撤回の意思表示が葛飾第二支部規約一三条及び三六条の規定から無効だとすると、本件脱退の意思表示自体、右一三条に定められた九〇日前の期間(以下定款一三条の規定をも含めて「予告期間」という。)が不足しているので、無効といわなければならない。

いずれにしても、原告は、被告組合の組合員たる地位を有しているものといわなければならない。

四  被告菊池は、葛飾第二支部の支部長の地位にあるので、原告に対し、原告が葛飾第二支部宛に提出した右撤回届を受理して処理すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った。その結果、被告組合は、前記のとおり原告を被告組合の組合員として処遇しなければならないにもかかわらず、今日に至るもこれを全く怠っている。そのため、原告は、次のとおり合計一〇〇万円の損害を被っている。すなわち

1 チケット(共同乗車券)制度の利用不可能による逸失利益七〇万円

被告組合は、その事業の一つとして、チケット(共同乗車券)を販売して、これを購入した利用者を乗車させた被告組合の組合員にその代金をチケットと引換えに支払うことにより被告組合の組合員の売上利益を増加させる制度を運営しているが、被告組合が原告を被告組合の組合員として処遇しない結果、原告は、全くこの制度を利用できず、そのため、右撤回の意思表示の効力が生じた後である昭和五三年四月以降、今日に至るまで月額八万円相当の割合により右売上利益を喪失している。したがって、その内金として金七〇万円を本訴において請求する。

2 慰藉料三〇万円

原告が被告組合の組合員として処遇されない結果被った精神的苦痛に対する慰藉料である。

五  よって、原告は、被告組合に対し、原告が被告組合の組合員の地位にあることの確認を求めるとともに、被告組合及び被告菊池に対し、共同不法行為者として、連帯して右不法行為に基づく損害合計金一〇〇万円の支払いを求める。

(認否及び主張)

一 請求原因一項及び二項の各事実は、認める。同三項の事実中、原告が昭和五二年一二月二〇日、葛飾第二支部に対し、脱退届を提出して、本件脱退の意思表示をしたこと、昭和五三年四月一日以降被告組合が原告を被告組合から脱退したものとして取り扱っていることは認め、その余の事実は否認し、その主張は争う。同四項の事実中、被告菊池が葛飾第二支部の支部長の地位にあることは認め、被告組合及び被告菊池の過失責任及び損害は否認する。

二 葛飾第二支部の支部規約一三条の予告期間の定めは、葛飾第二支部の事務手続上の利益を考慮したものであるから、右予告期間が不足する脱退の意思表示も有効というべく、また、従前から葛飾第二支部においてそのように処理されて来たものであるから、いずれにしても原告の本件脱退の意思表示は、有効と認めるのが相当である。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が昭和四五年一月二八日被告組合の組合員であった元島倍次から同人所有の被告組合の持分を譲り受けたこと、被告組合の定款一三条及び五九条並びに原告が所属していた葛飾第二支部の支部規約一三条及び三六条の各規定の内容がそれぞれ原告主張のとおりであること、原告が昭和五二年一二月二〇日、葛飾第二支部に対し、脱退届を提出して本件脱退の意思表示をしたこと、昭和五三年四月以降被告組合が原告を被告組合から脱退したものとして取り扱っていることは、当事者間に争いがない。

二  ところで、本件脱退の意思表示は、葛飾第二支部規約一三条に定める予告期間が不足しているので、無効である旨の原告の主張について判断するに、右支部規約に定める予告期間は、組合債権者の利益保護とともに、事業年度の中途脱退により事業遂行に支障が生じることや持分算定などの脱退手続が繁雑になることを防ぐためのものと解されるので、右予告期間の不足する原告の本件脱退の意思表示を葛飾第二支部において有効として取り扱うことも許されるものといわなければならない。したがって、後記のとおり、葛飾第二支部において本件脱退の意思表示を有効として取り扱っている以上本件脱退の意思表示は、被告組合のみならず、当時原告が所属していた葛飾第二支部に対しても効力を生じていたことになる。

三  次に、原告の本件脱退の意思表示を撤回する旨の意思表示の効力について判断する。

《証拠省略》によれば、昭和五三年三月一七日開催の葛飾第二支部の理事会において、原告の本件脱退の意思表示の撤回を認めるか否かについて討議されたこと、原告は、昭和五三年四月七日付の葛飾第二支部長宛及び同年一一月七日付の被告組合理事長宛の各原告作成の内容証明郵便でもって、同年二月二一日及び同年三月一七日にそれぞれ葛飾第二支部の安藤雅夫事務長に右撤回届を受理するよう求めた旨を主張していることが認められ、右認定事実に《証拠省略》を総合すると、原告は、昭和五三年二月二一日及び同年三月一七日に葛飾第二支部の安藤雅夫事務長に対して撤回届を提出の上、本件脱退の意思表示を撤回する旨の意思表示をしたものと認めるのが相当であり、この認定に反する《証拠省略》は、すぐには採用することができず、また、本件脱退の意思表示を撤回する旨の意思表示を同年二月一〇日及び同年三月二九日にもしたとの原告の主張に副う《証拠省略》も、前記認定の各内容証明郵便の記載内容及び《証拠省略》と対比したとき、すぐには採用することができない。

ところで、原告が本件脱退の意思表示を予告期間中に撤回できるのか、については、被告組合の定款や葛飾第二支部の支部規約にこれについての定めがある場合には、その定めるところによるが、定めがない場合には、これについて確立された取扱い方法があるときはそれにより、右取扱い方法がないときは、右定款や支部規約に規定されている事前予告制度が前記のとおり被告組合や葛飾第二支部の事務手続上の利益ないし債権者の利益を保護するためのものであることからすると、右予告期間内の撤回の意思表示を認めるか否かは被告組合や葛飾第二支部の自由な判断に委ねられていると解するのが相当である。ところで、被告組合の定款及び葛飾第二支部の支部規約には右予告期間内の撤回に関する規定が認められないところ、《証拠省略》によれば、被告組合の本部においては、従前から右予告期間内の撤回の意思表示を認める取扱いをしているものの、葛飾第二支部においては、原告の場合を除いて未だその例がなかったことが認められる。そうすると、葛飾第二支部に対し、昭和五三年二月二一日及び同年三月一七日にされた原告の本件脱退の意思表示を撤回する旨の意思表示は、被告組合との関係においては右の取扱いに従ってこれを有効とすべきであるが、葛飾第二支部との関係においては葛飾第二支部の自由な判断に委ねられているものというべく、《証拠省略》によれば、葛飾第二支部においては、本件脱退の意思表示を有効なものとして取り扱った上、これを撤回する旨の原告の意思表示を認めない旨決定したことが認められるので、結局原告の右撤回の意思表示は、葛飾第二支部との関係においてはその効力を認めることはできないことになる。

四  不法行為による被告らの損害賠償責任について判断する。

1  まず、被告組合の損害賠償責任について検討するに、前記のとおり、原告の葛飾第二支部に対する本件脱退の意思表示を撤回する旨の意思表示は、葛飾第二支部に対しては効力は生じないも、被告組合に対しては効力を生じたものと解されるので、原告は、昭和五三年四月以降も被告組合の組合員たる地位を有していることになり、したがって、被告組合は、原告をその組合員として処遇しなければならず、もしこれを怠ったならば、特段の事情がない限り、その結果原告が被った損害を賠償しなければならないことはいうまでもない。しかし、当裁判所は、本件において、被告組合に原告に対する損害賠償責任は認めるべきではないものと解する。なぜなら、《証拠省略》によれば、原告は、昭和五三年三月二〇日ころ、被告組合の理事長である池田幸一に対して本件脱退の意思表示の撤回について相談した際、池田より被告組合の事業年度の終了期である三月三一日までに直接被告組合本部宛に文書でその旨申出るよう指示を受けたにも拘らず、右期限までに被告組合の本部宛には右文書を送付しなかったことが認められ(《証拠判断省略》)、この事実からすると、被告組合において、原告から撤回届が提出されなかったとして昭和五三年四月以降原告を被告組合の組合員として処遇しなかったことは、その手続上やむを得ないとして右の特段の事情に該るというべく、すなわち被告組合には過失がないと認めるのが相当だからである。したがって、原告主張の損害の有無について判断するまでもなく、被告組合に対する損害賠償請求は理由がない。

2  続いて、被告菊池の損害賠償責任の有無について検討する。原告の主張は、被告菊池は葛飾第二支部の支部長として原告の本件脱退の意思表示の撤回届を受理して正当に処理すべきであったにもかかわらずこれを怠った責任がある、というものである。しかし、前記のとおり、原告の本件脱退の意思表示の撤回を葛飾第二支部において受理するか否かは自由である以上、昭和五三年二月二一日及び同年三月一七日の撤回届提出に際し、原告が主張するような義務を葛飾第二支部が負っていたとはいえないことになり、しかも、葛飾第二支部からの脱退の効力が生じた同年三月一日以後は、原告からの脱退届が仮に送付されたとしても、これを被告組合の本部に送付すべき義務はないものといわなければならない。したがって、右義務の存在を前提として葛飾第二支部の支部長たる被告菊池に損害賠償を求める原告の主張は、その主張の損害の有無について判断するまでもなく、理由がないことになる。

五  以上のとおり、原告の本訴請求中、被告組合に対する原告の組合員たる地位の確認請求は理由があるのでこれを認容するが、その余の請求はすべて理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言については、不相当であるから、その申立てを却下してこれを付さないこととする。

(裁判官 井上弘幸)

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